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流代ちゃんのはなし

Thursday, November 8th, 2012

流代(のぶよ)ちゃんは、私のいとこである。

父より12歳ぐらい上の兄(流清:りゅうせい)の長女で、わたしよりも7つぐらい年上であったようにおもう。

非常にやっさりとして、きれいな人で、文武両道で、高知学園にいっていた。

しかし、おじが、ノブヨちゃんの母と離婚したあとに、後妻ではいってきた 文子さん(ニックネーム:ふみちゃん)にいじめられ、

ぐれて、大学にはいかず、マックスファクターのセールスをへて、パナソニックの名古屋工場ではたらく男性と結婚して、子供もいるときいている。

ノブヨちゃんの母となる人は、おじと結婚する前に、水商売をしていたということで、

結婚後は、特別 ほかの男とねていたわけでもないのに、おじは、非常に嫉妬深く、執拗についてまわり、すこし、ほかの男性と眼と眼があったというだけでも、かんかんにおこって、なぐりけりされていたそうだ。

もともと、2人がであったのも、その 飲み屋であるわけで、 恋愛結婚であるから、おじは、この女性が水商売をしていたことは、承知で結婚して子供までつくっているのだが、水商売をしていたということを 理由に、『誰とでも寝る売春婦』というようなレッテルをはって、暴力をふるっていたのだから、何という、臆病者の卑怯な男だろう?とわたしは思う。

其の女性は、非常に美人であったことは もちろんである。

だから、嫉妬が余計に強くなるのである。

ノブヨちゃんは幼小のころより、両親の中がわるいのを見て育ってきたが、特別父親(私のおじ)から摂関をうけるようなことはなかったようである。

ただし、父親があまりノブヨちゃんのことを娘としてかわいがっている様子はなく、無関心というか、放置しているというかんじであったようである。

やがて、ノブヨちゃんの母は、わたしの おじと離婚をして、その直後に愛人をつくり、たしか、結婚をして、子供もできているようなことをきいた。

ノブヨちゃんの母は、美人であったが、弱い人で、あまり母親として機能していないような感じがした。

おじが フミちゃんと結婚して、フミちゃんとの間に 2人 女の子が生まれた。 多摩美ちゃんと、奈津江ちゃんである。

多摩美ちゃんはわたちより3歳くらい上で、奈津江ちゃんは2歳下で、わたしの妹と同学年だったと思う。

ふみちゃんは美人ではないが、かわいい感じの人だったし、おじは、切れ目で ハンサムではないが 不細工ではない人だったので、娘たちは両方 器量よしだった。(美人ということ)

しかし、この2人は 甘やかされて、スポーツはできるが 勉強のほうは パーだったときく。

ふみちゃんという人は、仏の顔をして、中は蛇という 恐ろしい女であるときいている。

おじとは、お見合い結婚であるが、30歳近くまで、全く 貰い手がないというのは、其の当時、何か おかしかったということであろう。

変わり者であるということは誰もしっていたが、頭が少しおかしいのかもしれない。

ノブヨちゃんが高知学園で主席で、文武両道であったことは前述したが、継母のふみちゃんのいじめはエスカレートするばかりで、結局、ある日、大事件がおこってしまった。

フミちゃんが、いきなり、ノブヨちゃんの頭を 土佐の サワチ料理を もる、 皿で なぐったのである。

もちろん、ノブヨちゃんは大怪我をして、救急病院で何針も縫われてやっと回復したようである。

さわち(皿鉢)料理の 皿(皿鉢)というのは、それはそれは大きな皿で、直径は50cm-1mはあるのではないかとおもう。

そんなもので、頭をなぐられたら、生き残ったのがミラクルというようなものである。

其の事件後、わたしの父よりも16歳ほど年上の父の異母兄弟(つまり、私の祖父の先妻の娘)である、おば(北野という家の嫁にいった清水:きよみさん)と、その主人の清悦(きよえつ)さんという人が、フミちゃんをよび、ノブヨちゃんの前で あやまらせたときく。 しかし、ノブヨちゃんは フミちゃんに、あやまってもらっても、既に、「こわれてしまった」ようなもので、以後、ぐれて、シンナーをやったり、タバコをすったり、厚い化粧をして、家出を何度もくりかえし、自殺未遂も何度かやり、最終的には祖母と一緒に住んでいたが、やはり、高知を出て行く羽目になってしまった。

もともと頭が良い人だったので、名古屋で、良い人と結婚をして、子供もできて、幸せにくらしているというのを数年後にきき、よかったとおもっていたが、その後、ノブヨちゃんとあったのは、祖母がなくなったとき、葬式でひとりだけ、おいおいとないていたような覚えがあるが、わたしは、祖母の葬式については個人的にトラウマがあるので、あまり記憶がさだかではない。

それから、数十年後、おじのリュウセイさんがなくなったとき、葬式にきて、また、一人だけ、おいおい泣いていたときいた。

たいした父親ではなく、たまに、高知に帰省したときには、ホテルの予約を取ってやったぐらいで、特別ノブヨちゃんのために何をしてくれたわけでもないのに、本当におじを愛していたのは、ノブヨちゃんだけだったのではないか?とわたしは思う。

そして、葬式の後、フミちゃんと、其の2人の馬鹿娘に囲まれて、ノブヨちゃんは、リュウセイさんの遺産は一銭たりとも、もらいませんという書類に署名と捺印を強制的にさせられたという。

ノブヨちゃんという人は、結局、一生、父親と、継母、異母姉妹、実の母にむかって、堂々と立ち上がることができなかった人のように思う。

象でさえ、幼小のころに、非常な暴力をうけてBROKEN(こわす、ならす)されたら、つまらない ちっぽけな人間に一生コントロールされて、惨めな生き方を強いられる。 それと 同じで、 つまらない 家族の中で 育った人間は、どんなに、才能があっても、 これらの 野蛮で、卑劣な 家族の奴隷でありつづけるのだ。

ノブヨちゃんが自殺未遂をして、内にとまりにきたときに、私は7歳とか言う歳で、「自殺をしようとすることは、こわくないか?」と きいたことがある。

わたしは、そういう 質問をするから、余計に小谷家から きらわれたのであるが。。。 答えはなかったようにおもう。 ノブヨちゃんは、夕日にむかって ずっと遠くをみつめていた。 私は、また、ばかな質問をしてしまったと後悔したものである。

きっと、ノブヨちゃんとお会いすることはないと思うが、過去のトラウマをのりこえて、幸せに余生を過ごしてほしいと、わたしは祈る。